「……その日、彼女が仕事で出掛けた後、ずっとマンションの周りを歩き回ってました……。
 何度か、彼女のマンションを通り過ぎたんですが、たまたま宅配便の人が入って行くのを見て、オートロックが閉まらないうちに僕も入ったんです……。
 彼女の部屋は判ってましたから、ドアの前まで行ったんですけど……」

「その時、部屋に入ったのか?」

「いいえ……留守だって判ってたから、入ろうとは思わなかった……だから、彼女の帰りを待つ事にしたんです……。
 非常階段の一番上まで行き、踊り場でずっと待ってました……」

「彼女の帰りを待っていたのはどれ位?」

「時計を持ってなかったから、かなり暗くなってから、下に降りました……」

「部屋へはどうやって?」

「ドアが、ドアが少し開いてて……」

「開いてた?」

「はい……近付いてみると中の電気も点いてたから、ああ、帰って来てると思い、急に……急に彼女の顔が見たくなって、もう、理由とか関係無しに、元気?みたいな感じで声掛けるつもりでノックしたんです……。
 何回かノックしたけど、返事が無くて…ドアも開いてるし、変だなって思って……。玄関に入ったら……」

 そこ迄話した間中の口から出たのは、苦しげな嗚咽であった。

 本間は、一旦休憩しようかと間中に言ったが、彼は首を振り、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を拭おうともせず、

「彼女が、彼女が倒れてた……。血が、部屋中に……部屋に上がり、彼女の側迄行こうと、生きてるかもって……でも、でも、全然動かないんだ、俯せになったまま、ちっとも動かないんだ……」

 嗚咽は更に大きくなり、刑事部屋にまで聞こえる程の激しさになって行った……。