木山の公判が突然延期になり、その為に彼は一日中舎房で荒れていた。

 食事を配る受刑者に熱いお茶を掛けてみたり、壁を何度も蹴ってみたりと、一時期の荒れ具合以上の酷さであった。

 一番ひどくなったのは、午後の弁護士面会が終わった後で、戻って来るなり泣き出したかと思えば、ぶつぶつと独り言を口にし、突如大きな奇声を発したりした。

 交代の若い職員に唾を吐き、天井の監視カメラに向かって自分の排泄物を投げつてみたり。

 さすがにこの時は警備隊が飛んで来て、木山を保護房へ入れようとしたが、休憩中だった栗田が慌てて戻り、木山をなだめて保護房送りを押し止めた。

 栗田が舎房の扉を開けると、木山は膝を抱え頭をその中に押し込むようにして丸くなっていた。

「少しは落ち着いたか?」

「……」

「お前が、いやじゃなかったらで構わないんだが、よかったら少し俺と話をしないか?」

「……」

「話したくなければ、聞いてくれるだけでもいい……」

 そう言って、栗田は話し始めた。

 木山は興味無さげに頭を垂れたままだ。

 虚ろな視点を下に落としたまま、じっと身じろぎもしない。

「刑務官になる人間の動機って、想像つくか?
 俺の場合は、単純に働かなきゃって事だったんだ。これでも、法学部出て司法試験受けた事もある。勿論、落ちたけどな。もし受かってたら、お前の弁護をやってたかもしれん。家がそんなに裕福じゃなかったから、ツテを頼ってこの仕事に就いたが、皆、その程度の理由なんだ。なりたくてとか、憧れてとかなんて無縁の職場なんだ。
 けどな、長くやってると、こんな仕事でもやってて良かったって思える時もある。ほんの数える程だけどな……」

「……どんな時?」

 それ迄無言だった木山が、ふいに言葉を挟んだ。

「ん?ああ、それは……」

 暫く考え言葉を選んだ栗田は、一度だけ命ぜられた死刑執行に立ち会った時の話をし始めた。

 話をして行くうちに、何故、自分がこの話しをしているのだろうと、不思議に思い始めていた。