「証人が目撃した不審者を仮に当日起きた強盗殺人事件の犯人と致しましょう。人を殺した直後です。大概の人間が、顔は強張り、目は血走ってるのではないでしょうか。普通の人間から見れば、その姿は鬼か悪魔に見えて不思議はありません。
 証人に伺いますが、その不審者とすれ違った際、恐怖感は感じませんでしたか?」

「感じました」

「警察署で、当時有力な容疑者と見られていた被告人を見た時の印象は?」

「はい、ちょっと怖い感じが……」

「怖いと思った感情は何処から出たものでしょう?」

「……?」

「証人が、あの夜にすれ違った不審者にそっくりだったからではありませんか?」


「異議あり!
 今のは明らかに答えを誘発しているものです!」

 腕組みをして黙然としていた森山が突然声を張り上げた。

 裁判官は特に驚くでもなく、森山に言い放った。

「異議を却下します。検察官続きを」

 田所検事も表情一つ変えず、日高典子への尋問を続けた。

「今の質問にお答え頂けますか?」

「は、はい。おっしゃる通り、鏡のある部屋に入れられ、その人を見た瞬間、似てる、と思いました」

「あの夜と同じように恐怖感も感じませんでしたか?」

「はい、感じたと思います……」

「今は?」

「まるっ切りとは言いませんが、怖いとは思いません」

「結構です。私からの質問は以上です」

「判りました。弁護人はまだありますか?」

「いえ何も」

「それでは、本日はこれで閉廷致しますが、次回は明後日の13時を予定していますが、宜しいでしょうか?」

「はい。裁判長、次回は被告人への質問をさせて頂きたいのですが」

「検察側からの申し入れですが、弁護人からは、新たな証人を召喚する予定はありますか?」

「いえ、ありません」

「判りました。それでは、本日はこれで閉廷致します」

 それ迄静寂だった傍聴席が一斉にざわつき、傍聴人達の退廷する物音が響き渡った。