「木山、ちょっとこっちへ来て貰おうか」

 部屋を移る?

 私はすぐにぴんと来た。

 こりゃ面通しだ……

 だが、かえってこれで疑いが晴れる……

 その時はそう思った。が……。

 通された部屋は、入って右側の壁が鏡になっている。

 鏡……。

 マジックミラーだ。

 鏡の向こうには別な部屋があり、事件の目撃者や被害者が、容疑者が犯人かどうかを確認したりする。

 刑事が言う日付の頃は、練馬なんて所には足を踏み入れていない。

 灰色のスチール机と椅子。

 殺風景さは他の取調室と変わらない。

 しかし、マジックミラーの向こう側に居る人間の一言で、この部屋に入る者の運命が大きく影響される。

 僅か5分程の時間しかその部屋には居なかったが、何とも奇妙な緊張感で、やたらと時間が長く感じられた。

 再び元の取調室へ戻る。

 机を挟んで刑事と対峙。

 調書作成用のノートパソコンが置かれてあった。供述調書を作る。調書を取るのは強行班の刑事長(デカチョウ)。

 彼はワイシャツの袖を捲くり、ネクタイを気持ち緩めた。

「覚悟しとけよ」

 何の覚悟だ?

「時間はたっぷりあるんだ。じっくり思い出して貰おうか、木山センセ……」

 彼は自分だけ煙草に火を点け、深く吸い込んだ煙りをわざとらしく、私に向かって吐き出した。

 若い刑事が部屋に入って来るなり、刑事長の耳元で一言二言囁いた。

 徐々に刑事長の表情が変化して行く。

 口許に笑みを浮かべた。が、両目はより険しくなっていた。

「いい報せを聞かせてやろうか?」

 刑事からいい報せと言われて、本当に良かったためしが無い。

「八月九日、練馬区光が丘の高校の近くで、血の付いたシャツを着た男性を目撃した者がいてな、その目撃者が言うにはだ……」

 言葉が途切れ、煙草の煙りが再びこちらに吐き出された。

「お前……目撃されてたんだよ」

「……!?」

「それも一人じゃない、複数の人間にだ。はっきりとお前に間違い無いと証言が得られた。さぁて、話して貰おうか……」

 し、知らない!

 違う!

 何故かその言葉がすぐに出て来なかった。