控訴審というものを私は初めて体験したが、その一回目は妙な緊張感が漂っていた。

 特にこれと言った質問も無く、裁判官から、

「被告人、弁護人の方から、被告人に課せられた強盗殺人の罪は無実である、冤罪であるとの申し立てがありましたが、それに相違ありませんね?」

 と問われたのみだった。

 仕立ての良い背広を着た検事は、見るからに切れ者を思わせ、私の弁護士である森山先生とは貫禄がまるで違った。

 事務所の代表である浅野弁護士は、一度だけ面会に来てくれたが、今回の検事と貫禄で五分に渡り合えるとしたら、浅野先生位だ。

 森山先生は私以上に緊張していたようで、明らかにそれが伝わって来た。

 傍聴席は、私のこれ迄受けた裁判での傍聴人を全て足した位に集まっていた。

 マスコミにもこのところ取り上げられてるらしいが、私はまるっきりその事を知らない。

 差し入れの雑誌に、たまに黒く塗り潰された記事があったが、それがそうかも知れない。

 森山先生に宜しくお願いしますとは言ったものの、現実にこうして控訴審が始まってみると、やはり不安が首をもたげて来る。やはりあのまま懲役に行っていた方が良かったかな、という思いが何度も交差した。

 一回目が終わり、直ぐに森山先生が、野間口先生、それと支援団体の長瀬さんと面会に来てくれ、私の不安な気持ちを気遣ってか、一生懸命いろんな事を話してくれた。でも、私の心は上の空になっていて、何を話してくれたのかよく思い出せない。

 はっきりと覚えている事は、長瀬さんが、何時もとは違ってちゃんと化粧をしていた事だった。化粧といっても、軽く口紅を塗った程度ではあったが。

 あの脂っ気の無い髪は何時もと同じ。

 やたら口紅の色が赤かった……