森山が書き上げた控訴趣意書が裁判所に受理され、東京高等裁判所での第一回目の公判が開かれたのは、梅雨入り前の事だった。

 控訴をしてからこの日迄の間、週の半分は木山と面会し、細部に渡って裁判の持って行き方を話して来た。

 浅野は、争うポイントを絞った方が裁判官に印象を強く持って貰える事をアドバイスしたが、控訴審の顔触れを調べて少々不安な思いを抱いた。

 検察側が控訴審で任命して来た田所検事正は、前回の担当検事の大学の先輩で、神奈川地裁では、検事正、副検事という立場でコンビを組んでいた。更に、首席裁判官を務める大越裁判官は、検察有利の判決を下す事で名前を知られている。

 上級審での控訴棄却率はトップクラスだ。

 もう一つ気になるのは、警察側との繋がりであった。

 森山の推測に、ふと気になる点を感じ、高橋弁護士にそれとなく調べさせたところ、杉並警察署長は三年前迄神奈川県警の管理課長をしていて、その頃部下だった脇坂が現杉並警察署捜査一課長。

 そして、その部下で今回木山を自白に追い込んだ森警部補は、キャリアとして神奈川県警伊勢佐木警察署で県警のホープと謳われていた。

 穿った見方をもう一つ付け加えるならば、現警視副総監は神奈川県警本部長時代に、杉並警察署長の直属の上司であった。

「森山君、心して掛かった方がいいぞ」

 とは言ったものの、この相関図通りなら浅野の危惧している以上に困難な戦いになりそうである。

 第一回目は、静かに始まった。

 森山は、次回法廷に弁護側証人として日高典子を召喚する事を申請した。

 検察側から意義申し立てがあるかも知れないと身構えていた浅野は、あっさりと認められた事に寧ろ不気味な思いを抱いた。

 この日は特に検察側からの質問も無く、僅か三十分程で閉廷した。