通常、捜査本部が置かれている警察署以外で犯人が逮捕された場合、その身柄はその本部又は、事件を扱った所轄署に引き渡される。

 例外は、その容疑者を逮捕した警察署管内で事件を起こしていた場合で、そちらを本件として身柄を確保出来る。

 木山悟のケースがそうだ。

 しかし、捜査本部が置かれる程の事件の場合は、たいてい捜査本部の設置された警察署に身柄を送るものだ。

 仮に容疑者の身柄を送らないにしても、本部から事件担当の捜査員が派遣され、その者達が取調べに当たるのが普通だ。

 それが、光が丘の事件は違った。

 再三再四、本部である練馬署から杉並署に木山悟の身柄引き渡しを打診したが、その都度、別件余罪追求中と言われ、断られた。

 更に、警視庁本庁の方から、正式に扱いは杉並署との内示が入り、所轄署である練馬署は面子を潰された形になった。

 自らの管内で起きた事件を他所に持って行かれる事程、現場の刑事達の面子が潰されるものは無い。特に、捜査対象が違っていたりすると尚更だ。

 事件発生当初から、練馬署は、怨恨又は異常行動者(ストーカー等の)の線で動いていた。

 初動捜査の段階から事件を担当していた阿久根は、他の署員達に、はっきりとこれは物盗りではないと断言していた。

 刑事になって三十年余り。

 幾つもの凶悪犯罪や重大事件を扱って来た叩き上げの勘である。

 阿久根は、刑事という職業には、そういう理屈抜きの勘が無ければ駄目だという強い思いがある。

 科学捜査が発達したとはいえ、事件現場から何かを嗅ぎ付ける勘があってこそ、科学捜査も活きるというふうに、部下の本間にも言っている。

 自分の息子程に歳が離れた部下だが、阿久根は本間の刑事としての資質を買っていた。

 阿久根の指示で捜査に当たった本間は、かなりの確信を持って、ある人物を重点捜査の対象とした。

 他に居た捜査対象が線上から次々と消えて行く中、その人物だけが最後迄消えなかった。

 ところが事態が一変した。

 杉並署でホシが挙がったとの連絡が入ったのである。