二人の会話は、グラスを傾ける毎に現場への不満となって行った。特に本間の一番の不満は、去年担当した光が丘の事件の事であった。

「今回のヤマにしたって青瓢箪の課長がもっとチョーさんの意見を聞いてですね、それで捜査方針を徹底してりゃ何の事無かったんすよ。たまたまホシがヘタ打ってくれたから挙げる事が出来ましたけど、こんなんじゃホシにワッパ掛けたってすっきりしないっす」

 ほろ酔い加減で少し呂律が怪しくなって来た本間に、阿久根は優しく諭すように言った。

「末は署長を目指そうってえ若手のキャリア様には、俺達下々のもんには判らねえ苦労もあんだろうから……」

「そうおっしゃいますが、去年の光が丘の件、あれなんか最悪っしょ。他所で別件で挙がってた奴が、ヤマをゲロッたからって、普通そのままヤマを持ってかれますか?
 有り得ないっすよ。こっちはショカツ(所轄)でチョーバ(捜査本部)までこしらえてたんすよ。杉並の署長が幾らうちの署長の先輩だからって、普通はホシをショカツに寄越すもんでしょ。本部の現場を一番に考えなきゃなんない立場の青瓢箪が、あそこで腰引いちまうから、チョーさん達の苦労が全部パアですもん」

「本間チャン、お前さんの悔しい気持ちは俺にも良く判る。ただ何時迄もそれを引きずってると、俺達のショーバイはやってけないぞ」

「判ってます、判ってますけどね……」

「で、例の件なんだが……」

「俺一人でこそこそやってるだけなんで、その後の進展は……」

「そうか……朝刊、読んだか?」

「木山事件の控訴審の事っすね?」

「控訴審の一回目が決まったらしいが、杉並の連中はどうすんだろうなあ」

「あれは絶対ヘタ打ちっすよ。だから、あん時も青瓢箪にあんだけ言ったのに、結局はこっちがマークしてた容疑者を全部スルーしちまう事になって……。
 結果、杉並でゲロッた木山とかいう奴は杉並の勇み足が決定的と来ている。これじゃ現場も浮かばれない」

「杉並からすれば、そう簡単にヘタ打ちを認めはせんだろうがな」