「……茉莉!」

微妙な距離感のまま、私たちは向き合っていた。
珍しく、斎藤さんは余程驚いたのか、その後しばらくなにも口を開かない。
かくいう私も、なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして、何も言えずに立ち呆けていた。

すると、車内の女性がボソッと何かを言って、車を発進させて行ってしまった。
私はその車のテールランプを目を細めて見送りながら、さっきの声を思い出す。

斎藤さんと話していたあの女の人の声って……初めて聞く声じゃなかった。もしかしたら、田中さん? あんまり見えなかったけど、窓から少し覗いていた横顔はあの人にそっくりだった。

でも、待って。
田中さんって、前に『田中裕子』って自己紹介してたはず。人の名前だけは覚えるの得意だからそれは間違いない。
でも、今、斎藤さんは違う名前を口にしてたと思う。

――『みのり』って。

もう何から口に出せばいいのかわからない。
今いた女性の正体とか、その人との関係とか。

でも、私って斎藤さんの中でどんな存在だかはっきりしないままだし、ただ、放っておけなくて構われてるだけかもしれない。

『だったら、なんでキスしたりするの?』

行き着いた質問はそれだけど、そんなこと到底口に出来るわけない。
聞くのが怖いし、なんだか素直に聞き入れられそうにないから。

真っ直ぐと立っている感覚もなくて、いい加減なにか言わなきゃとは思うんだけど、喉が張り付いたようになってしゃべることもできず。
すると、コツッと足音を立てて、斎藤さんが私に歩み寄ってきた。