心地よさに浸っていると、彼は下唇を軽く食まれて名残惜しそうに離れていった。
その気持ちは私も同じで、距離を置かれた唇が寂しく、冷んやりと感じてしまう。

切ない気持ちで斎藤さんを見ると、大きく厚い手でふわっと横髪を内側から梳かされる。

「俺がいるだろ。少しは俺を頼れよ」

ほんの僅かに眉を寄せて言われた。

どうしよう。こんなことされたら、もう止められないよ。
ただでさえ弱ってるのに、気になる人に優しく触れられたらすぐに勘違いしちゃう。

あなたはなんで、こうも思わせぶりなことをして私に構うの?
これから、あなたのことを好きになってもいいの……?

「君は自分で思ってるよりも頑張ってるよ」

こんなふうに抱きしめられると、涙が出そうになるんだ。
気づいたら今まで、心から安心して抱き留められることなんかなかった。だから、無条件で甘やかしてくれそうな腕に抱きしめられるだけで、涙腺が緩みそうになる。

私は、本当に極限まで涙を流さないと心に決めている。
唯一、なにも取り柄のない私の小さなプライドだった。

今回もいつもの癖でその意識が働き、俯いて唇を噛むと、涙をグッと堪える。すると、顎に手を添えられて、クイッと上を向かされた。
斎藤さんと目が合うと、彼は真剣な顔で言った。

「だから、俺が甘やかしてやる」
「なに……言ってるんです、かっ……」

目を泳がせながらしらばっくれようとしたけれど、彼が甘いのは言葉だけじゃなかった。
スッとメガネを外すと、私の言葉を奪うようにもう一度、唇を奪った。

頭の中で色んな考えが浮かび、せめぎ合い、混乱する。
それでも身体は正直で……。いや、〝心が〟正直なのかもしれない。

彼に重ねられた唇から逃れようとせず、私はむしろ、受け入れていた。

「あ……っん、ん……」

一度目のキスとは違う。