「本当、別人のようでした。だから、斎藤さんの特徴的な香りがしなかったら、別の人間だと疑っていたかもしれません」

半分冗談で言い、歩き進めながら斎藤さんの反応を見ようと顔を向けると、いつの間にか隣にいなくて足を止めた。
慌てて後方を振り返ると、珍しく斎藤さんが目を少し大きくさせて驚いている様子だった。

「あの……? 私なにか失礼なこと」
「あ、いや。なに? そんなに俺って、臭う?」
「ち、違いますよ! なんか他にはない香りがしたので覚えてたんです。私は好きな香りでしたけど、どこかのブランドのものですか?」

ど、どうしよう! 変に思われた? それより、嫌な思いさせちゃったかな?!
私はただ、いい匂いだったからそれが印象に残って同一人物だと一致したってことを言いたかっただけなんだけど……!

しどろもどろになって困り果てた私に、特に怒った顔もせず斎藤さんが聞いた。

「いや……どんな匂いしてんの? 俺」
「え? うーん……それ、すごく難しいんですよねぇ。『これ』って当てはまるのがなくて。雰囲気を例えるなら――月、ですかね」

静かに優しく見守ってくれるような月と同じ感じがしたから。
なんて、月の匂いなんて、お日様と違って意識したことなんかないんだけど。でもだからこそ、こんな感じかな?って想像して……。

「変なの」

小馬鹿にしたような口調だったけど、顔を見上げたらそれこそ本当、月のように柔らかく笑っていた。
その笑顔は初めて見るもので、職場の笑顔とは全然違う。もしかしたら、これが本当の斎藤さん?

「斎藤さんも負けてないと思います」
「は?」

あまりに極端な二面性を持って、こんな私に近づいてきて、こうして並んでくれてるなんて。
変、以外のなにものでもないよ。

心の中でそう答えたけど、実際には口に出せなくて。

「なんでもないです」

そうしてその後はほとんど言葉を交わさずに、自宅前に着いた。
玄関前で改めて向き合うと、深々頭を下げる。

「今日は、すみ……ありがとうございました」

危うくまた謝るところだったのに気付いてお礼を言う。斎藤さんは何も言わずに、微かに笑っただけだった。
今歩いてきた道を引き返す背中を、見えなくなるまで見送る。
その間も、やっぱり彼は一度も振り返らない。

なぜか、そんなことをしないのだろうと思っていた私は、特段何かを感じることなく見届けた。