あの電話の応対のおかげで、あの後、トラブルなく一緒に過ごせた私は、終電よりも少し早い電車で家に帰ることが出来た。

昨日と同じように静かに部屋に入り、電気を点けるとベッドに座り込んだ。

部屋の隅に置いてある姿見に、ちょうど自分の姿が映っていて、なんとなく私は鏡に近づいて行った。

そっと右手を鏡に添える。
左頬を撫でるようにしながら、少し赤くなっている頬を確認して、暗い気持ちが立ち込めてきた。

いつも、手を上げられた後に、「ゴメン」と口にして私を抱きしめる。
それが彼の本当の気持ちで、優しさはちゃんとあるんだと思っていた。
……だけど。

鏡の奥に思い浮かべた斎藤さんを見つめて、胸が締め付けられる。

抱き締めてくれたのは、広海くんと同じ、〝男の人〟の手だった。
力強さも感じたし、少し強引に引き寄せられたはずなのに、何かが違う。

全てを委ねて寄り掛かりたくなるほど、温かかった……。

ぎゅ、と自分を抱きしめてみるけれど、あの時と同じような感覚は全くない。
ベッドのそばに置いたカバンを拾い、中からスマホを取り出した。

発信履歴に残っている、無登録の電話番号。
あの時、宅配便という応答じゃなかったら、今頃このスマホはボロボロにされていたかもしれない。
前に一度、似たようなことがあって、広海くんに壊されたから。

右手でギュウッとスマホを握り締める。
それから数回深呼吸を繰り返した後に、履歴の一番上の番号に視線を落とした。