「は? カエル急便? え……配達員?!」

突然聞こえた言葉に、私は唖然として広海くんを見た。
彼は私の視線に気づかないくらいにびっくりしたみたいで、少しの間、言葉を詰まらせた後に言い放った。

「あー、間違えました! すみません」

そう言って通話を終えると、広海くんは携帯を無言で私に差し出して、不貞腐れるような顔をした。

「んだよ。配達員って」

そんなこと、私にだってわからない。
もしかしたら、斎藤さんが書いた番号そのものが適当なもので、私は単純に遊ばれてただけかもしれない。

だけど……遠くで聞こえただけだけど、あの声は本物の斎藤さんだという気がした。

だとしたら……?
どうしてそんな、配達員だなんて嘘を吐いたの?

もしかして、私の今の状況を悟って、気を利かせてくれたの?

勝手な思い込みかもしれない。
それでも、そういうふうに思いたかった。

助けてくれたんだ、って信じたかったから。

「今日、職場に届いた荷物でちょっと不備があって。担当の人の番号聞いて、メモとったのがカバンに入っちゃったんだと思う」

内心バクバクとしながら、なるべく平静を装って、嘘を吐いた。
彼に嘘を吐くなんて、もうずっとしたことがない。

付き合ってすぐの時に、些細な嘘がばれて、散々な目に遭ったから。
それ以来、私は嘘を吐いて辛い思いをするくらいなら、正直になった方が楽だと思ってきたから。

私に、そのスタンスを壊す決意をさせたきっかけは、間違いなく、あの人だ。

「紛らわしいな。でも、どっちにしても、極力男と話すなよ」
「ご、ごめんなさい」
「そうだよな。茉莉は俺だけだもんな?」
「……うん」

最後の言葉に『うん』と答えるのに、抵抗があった。
でも、それを出しちゃいけない。

広海くんは、私を必要としてるだけ。大事にし過ぎてたまにおかしくなっちゃうだけ。
私も、私を必要としてくれてる彼が……。

今まで深く考えないようにしていることは、この先のことかもしれない。
ぐらつく思いと迷い。
ぐるぐると頭の中を回るけど、グイッと広海くんに抱きしめられて思考は止まった。

「茉莉……」
「ん……?」
「ごめん」

煙草の匂いに包まれる。
この苦い匂いが幸せなものだと思ってた。

それなのに、今の私は……。

広海くんの胸の中で息苦しい香りを感じながら、頭の中では別の記憶を呼び起こす。
例えようのない、無垢な匂いだった。
言葉に表すのなら、〝あの人の香り〟――。

ほんの微かに感じ取れただけだった。
でも、それが今の私をこんなにも揺らがせるから。

……私の選択は、間違ってるんじゃないの?