……うそ……でしょ? 痴漢なんて……!

太腿の裏側が撫で上げられてる感覚に恐怖感が増す。
その不気味な手は、やめるどころかスカートの内側へと侵入しようとしていて、私は小刻みに震えた。

心の中では大声を出しているのに、現実には一言も発せずにいる。
(まさぐ)られるこのイヤな感覚から逃れたくて、懸命に喉の奥から声を出そうと試みた。

本当に小さな声を漏らした瞬間、ぞくりとするほど低く恐ろしい声が私の耳元で聞こえる。

「声、出すなよ」
「……っ!」

……怖い。怖い、こわい……。誰か、助けて……!

目をぎゅっとつぶってただひたすら、〝誰か〟に向かって嘆願する。
カタカタと足が震える中で、もうひとつの場面が瞼の裏にフラッシュバックする。

『声出すんじゃねぇぞ』

冷汗が背筋を伝う感覚。

――もう、限界。吐きそう。

「くっ……!!」

突然背後で聞こえた、焦りと苦しげな声。
それと同時に、私の身体からはあの気持ち悪い動きをしていた手が離れた。

解放感と安堵感とで涙目になった私は、パッと後ろの様子を窺う。
目に飛び込んできたのは、自分を痴漢していたであろう中年の男よりも、その後ろに立つ男の人。

「朝からひとりで興奮してんじゃねぇよ」

そうひとこと犯人に凄んだときに、近い降り口が開く。
ドン!と犯人の男が私にぶつかって飛び降りると、反動でよろけた私をさっきの男の人が手を伸ばして支えてくれた。

そして、電車発車のメロディが流れ、ドアが閉じる前にその人は走り去ろうとする犯人に向かって言った。