「い、一弥さんって本当になんでもわかるんですね」
「んーどうかな。確信なんてないし、いつも勘みたいなものだけど」

私なんて運よく彼女のことを知れただけで。
もっと相手のことを見て知る力を養えば、もうちょっと人間付き合いも広がりそうなものだけど。

一弥さんと比べて自分にないものを改めて確認していると、ぽそりと横から聞こえてきた。

「でも、茉莉は真っ直ぐすぎてわからなくなる」
「あの、それってどういう……」

褒められてるとは到底思えないような言葉に不安が過る。
恐る恐る聞き返すと、困ったように目を横に逸らして口元を押さえながら小さく答えた。

「ただ、無邪気に微笑んでくれてるのか。それとも、触れたいと思う俺の気持ちをわかってやってることなのか」

ぶつぶつと聞こえた声は、ちゃんと聞き取れなかったせいもあってすべてを理解できない。

一弥さんを見上げたまま静止していると、突然唇を耳元に寄せられて囁かれる。吐息が掛かって思わずカバンを持つ手に力が入ってしまった。

「……スマホ、貸して?」
「えっ。あっ、は、はい」

まるで照れ隠しのようにひとつ咳払いをした後に言われたことに、背筋を伸ばして反応する。
薄らと耳を赤くしたまま、私は小さく震える手でスマホを差し出した。

「こっちの番号は仕事用の番号だったから。これはプライベート番号」

そう言って戻されたスマホ画面を見ると電話帳の中に【一弥】の文字。
彼が姿を消した後は、登録していた番号へはずっと繋がらなかった。

これからは、このメモリーでいつでも繋がっていられるんだ。

そう思うと安堵してしまったのか、思わず涙腺が緩みそうになる。
それをグッと堪え、滲む視界に映る文字を見つめていると、ぽつりと一弥さんがひとこと漏らした。

「あれさ」
「え?」
「あの、俺の前の登録名。〝斎藤陸〟じゃなくて〝カエル急便〟でよかったって思ったよ」

スマホから視線を上げると、苦笑する一弥さんが瞳に映った。

「茉莉にそう呼ばれるのしんどかったからかな……」