『は? なに言ってんの? 臭くもなきゃ、いい匂いもしないわよ。なに急に、〝俺の匂いってどんなんだ?〟って、頭おかしくなったんじゃない?』

そう冷たくあしらわれたらしい。
それを聞いた私は驚いたけど、みのりさんがいかにも言いそうなことに吹き出した。

「茉莉の嗅覚っていったいどうなってんの? 案外そっちの才能あったりして」
「どうって……でも、きっと一弥さんだけです、し」

語尾をごにょごにょと誤魔化すように言いながら、恥ずかしい気持ちをグッと押し込めて勢いよく顔を上げる。

「そのくらい強く想ってるんです、きっと」

あなたの厳しいくらいに強引な力に引きずられながら、『変わらなければ』と思えた私。
ストレートな言葉がストンと胸に落ちて響いた。

だから、今度は私からもそんなふうに感じてもらえるような言葉を投げかけたい。

その一心で、一大決心した想いを伝えると、一弥さんは「ふっ」と小さく笑って顔を横に向けた。そして、ぼそりと呟く。

「最高の殺し文句だ」
「『言いたいことは言え』って、一弥さんが言ってくれたんですよ……?」
「じゃあ、俺も遠慮なく」

ふいっと顔を元に戻したかと思えば、あっという間に距離がなくなって柔らかい感触が唇を覆った。
突然のことに頭が真っ白になって身動きが取れない。

羞恥心から、つい、顔を下に向けようとした私を阻止するように、しっかりと顎を固定されてしまう。
緊張から息もうまくできなくて、不恰好なくらい色気のない吐息を漏らす私を笑うこともせず、一弥さんは優しくキスを続けた。

ここが外だということもすっかりと忘れ、いつしか彼の感触だけに囚われる。
甘い眩暈を感じながら、ゆっくりと瞼を開いていく。

「ふはっ。茉莉はなんにでも一生懸命だな」
「えっ? えっ?」
「キスも」

ぼんっと顔を真っ赤にして、私はそれを隠すように両手で頬を覆った。

今のって、私のキスがぎこちなかったってことだよね? 絶対そうだよね?!
確かにそんな、キスなんて上手くできるなんて思ったことないけど、そういうふうに言われちゃうとどんな反応すればいいのかわかんないよ! すごく恥ずかしいっ。

つい今さっきの息継ぎを思い返してあわあわしていると、ぽんぽんと一弥さんの落ち着く手の重みが頭に乗せられる。

「頑張ってる茉莉を俺が支えたいって思ったんだ。だから、茉莉はそのままでいて」
「でも、私もたまには一弥さんを助けたいです」

子どものように頬を膨らませて私が言うと、一弥さんはまた可笑しそうに声を上げて笑った。
そして、優しく目を細めて私を見下ろす。

「あぁ。そういう茉莉に、何度も助けられるよ。これからも」

その彼の言葉に私は終始首を傾げるだけで、それ以降一弥さんはなんにも説明はしてくれなくてただ笑ってた。

よくわからないままだけど、いいや。
今見えてる一弥さんの笑顔が答えなんだと思ったから。