一日どう仕事をこなしていたのか。
とりあえずクレームもなかったところを見ると、なんとかしていたのだろうと、自分にホッとする。

社内は今朝の噂話で持ち切りで、ひそひそ話に花が咲いてるようにも思えた。
私はそれに気づかぬふりをして、一番に会社を出た。

コツコツと靴を鳴らしながらいつもの道を歩く。
駅に着くと、蛍光灯で足元が明るくなる。自分の足元を見ると、あの時の黒いパンプスを確かに履いていて、それを確認するのと同時に彼の存在も確かにあったのだと再確認する。

そんな無意味なことを今日まで延々と続けてる。

自嘲気味に小さく笑って、そのまま足元をみながらホームに立つと、正面から視線を感じる気がして顔を上げた。

「さいと、さん……」

十数メートル先に立っているのは、ジーンズにシャツというラフな姿のあの人だった。

まさか、また会えるなんて。
でも、驚いてるのはまた私ひとりみたいだから、やっぱりあなたはなんでも先回りしてるんだろう。

それでもいい。
今、再会して、改めてわかった。
私は、こんなにもあなたに会いたかったのだと。

ただ黙って私を見つめる彼に駆け寄ろうとすると、タイミング悪く、両ホームの電車が到着したようで、ホーム内は人混みでごった返しになった。

目を離さないようにと気を付けていたけれど、人の波に揉まれているうちに、彼の姿を見失う。

うそ! せっかく会えたのに! まだ一言も言葉を交わしてないのに!

焦る気持ちでホームをぐるりと見回すけれど、彼の姿はどこにもない。
それはまるで、幻だったんじゃないかと思う程、彼の痕跡はどこにもなかった。

「なんで……」

だらんと手を落とし、静かになったホームで呆然と立ち尽くす。

なにしに私の前に現れたの……?
あんな、全部終わった、みたいな顔をして。

「一方的に人の顔見て納得していかないでよ」

ぽつりと漏らし、彼が立っていた場所を見据えると、私はある覚悟を決める。