「おーっす、思葉」
気が抜けたところで、今できることなら聞きたくない声に思葉はうっと足を止めた。
つとめて表情に出さないようにして振り向く。
來世が大きなあくびをしながらこちらへ歩いてきた。
「お、おはよう、來世……」
「今日も重役出勤ですな」
「何言ってんのよ、重役出勤はあんたのほうでしょうが」
「いてて、引っ張んなって」
つねられた耳をさすりながら、來世がおー痛い痛いと大げさに痛がる。
それから、ふいに語調を上げて思葉の方に向いた。
「あっ、なあなあ思葉」
「なによ」
「おれさ、金曜の夜にちょっと面白いことがあったんだ」
(真っ先に言うことそれなの!?)
思葉は辛うじて表情に出さなかったががくぜんとした。
会ってすぐなら、近づいているテストのことや、永近のヨーロッパ旅行についてとか、そういった話題から振られるのではないかと思っていた。
さりげなく胸をさすって思葉は尋ねる。
「お、面白いことって何?」
「あ、いや、面白いってのは言葉のあやで、面白いっつーか不思議っつーか……
おれ、塾の自習室でけっこうギリギリの時間まで課題やってたんだよ。
で、親に早く帰って来いってメールもらって急いでチャリこいでたんだけど、そしたらさあ」
「そ、そしたら?」
心臓がどくどくと早鐘を打ち始める。
(お願い、ばれてませんように……)



