何か話をし始めるが、やはり思葉の耳には何も聴こえない。
いや、聴こえなくていいのだ、ここは2人が会うために用意された場所なのだから。
思葉はその場から動かず、玖皎と琴をじっと観つめる。
千年の時を超えて再会した2人は、本当に嬉しそうにしていた。
心の底から喜んでいるようだった。
(良かった……会えて)
これも彼らのいう阿毘の力のおかげなのだろうか。
玖皎を見上げていた琴の眼が、ふいに彼から思葉の方へとゆっくり動く。
「……思葉よ、礼を言うぞ」
風に乗って琴の声が耳朶に触れた。
桜花が舞う。
白い雨となって琴に降り注ぐ。
「そなたのおかげで、わらわは玖皎と会えた。
彼岸へ渡る前に、望みが叶うとは思いもせなんだ……これほどよい冥土の土産はなかろう」
桜が散る。
思葉の元まで花弁が届く。
軽く首を傾けた琴の双眸が、月光を受けて煌めいた。
「夢の中でも言ったが、もう一度改めて言おう。
……玖皎のこと、よろしく頼んだぞ」
「……はい、任せてください。
大事にして……きっと、きっと、幸せにしますから」
琴が笑みを深める。
年相応の明るく澄んだ笑顔だった。
強い風が吹く。
桜の花弁が一斉に舞い散り、琴を包む。
玖皎を、樹を、月を、思葉の視界を覆い尽くす。



