(桜……ああ、すぐにでも抜け出して、桜の花を見に行けばよかった……
桜を見に行かなくても、道臣のところから玖皎を連れ出しておけばよかった……)
か細い息が漏れる琴の口から、ごぼりと血が溢れ、血溜まりに注ぐ。
琴は攫われた太刀を想った。
(あの子は刀だから、わらわの元に居ない方が幸せになれるやもしれぬ。
だが、本当に幸せになれるのだろうか……あのような下卑た男に使われて……
何かが山賊の手に渡ったら、それはどこまでも人の間を渡っていくと誰かが言っておった。
あの子も渡って行くのだろうか……)
夜風が吹き、木々がざわめく。
また桜の花弁が数枚、血溜まりに泳いだ。
虚ろになっていく琴の目から、一筋の涙が伝い、血に吸い込まれる。
(誰か……これからあの子の持ち主となる誰か。
あの子で人を斬ってくれるな、あの子を折ってくれるな。
あの子の声に耳を傾けてあげておくれ……魂が宿っていることを、気づいてやっておくれ。
お願いだ……あの子を、あの子を……幸せ、に……)
琴の唇がかすかに震える。
しかし、何の言葉も出せなかった。
目の前が暗くなっていく。
完全な闇に沈んでしまう直前まで、桜の花弁の白さだけが闇間に取り込まれずそこにあった。



