「姫さま、お早く」
「待って、玖皎は、玖皎はどこにおる」
「玖皎?」
「忘れたのか、道臣と共に夜警をしておる太刀じゃ。
今宵は寺に居るのであろう、早く連れてこなければ」
姫の慌てように苑珠は呆気にとられたが、すぐに我を取り戻すと琴の腕を掴み直した。
「姫さま、今は一刻も早くここから出ることが先でしょう。
たかが刀の一振りや二振りなぞ、気にしておられる場合ではございませぬ。
ご自分のお命を」
「たかが?ふざけるな、そなたは何も分かっておらぬくせに。
わらわにとって玖皎がどれだけ大事か、分からぬくせにそのようなことを申すな。
探してくる、玖皎がいないまま逃げるのは嫌じゃ!」
怒りにまかせて腕を大きく振ると、苑珠の手は簡単に外れた。
「姫さま!」
次女の金切り声を背中で聞き流し、琴は廊下を走る。
だが、早歩きといったほうがいいくらい速度は遅かった。
しかも重心がまったく安定していない、ちょっと引っかかったらすぐに転倒しそうだ。
床を引きずる着物が煩わしく、走りながら琴は裳を外し唐衣も表衣も打衣もすべて脱いだ。
小袖と長袴だけになり、袴の裾を踏みつつ通廊を走る。
だが、どれだけ勇んでも山賊たちの声のする方へはとても足が向かず、自然と静かな――本堂の方へ急いでいた。
(駄目、行かないで、琴さん!
そっちへ行っちゃ駄目、行ったらあなたは……っ!)



