「今宵の警は道臣ではなかったか。
ということは玖皎も、あやつと共に部屋に居るのか……」
傍に置きたい。
置いて言葉をかけたい。
今、この山寺の中で琴が最も心を許しているのは人間ではない。
妖怪祓いの護り刀だけであった。
琴にとって、人間は表面を良く見えるように取り繕うもの、一皮剥けば冷たく残酷なものがあふれ出てくる存在でしかなかった。
「そういえば、一昨日から卯月に入ったのだったな。
桜は……そろそろ咲いているかな」
琴は一週間前、髪あげの儀式の前に行われた名付けの儀式を思い出した。
『寿々咲』の名付けをした公家の者の名は忘れたが、太陽の光を浴びてまどろむ猫のような人だと感じた。
久しぶりに庭に面した部屋へ入ったのは、彼と対面したときだった。
庭に立っていた桜の木は、薄紅色の蕾を大きく膨らませていた。
もしかしたら、咲き始めているのかもしれない。
(この退屈な儀式が終わったら、ここを抜け出して桜を見に行こう。
そうだ、そのときはあの子も一緒に連れて行ってあげよう。
声は聴こえなくても、桜の花を見ればきっと喜んでくれるはずだ……)
「玖皎……」
吐息に混ぜて、大切な太刀の名前を呼ぶ。
そのとき、凍りつくような悲鳴が宴の広間から聞こえてきた。
琴はあわてて跳ね起き耳をそばたてた。



