逃げる場所はまったく思いついていない。
とにかく、酔っ払いや近くの大学に通う学生たちが来なさそうな場所を目指して思葉は走った。
付喪神はおぞましい声を上げながら思葉を追いかける。
普通の人にこの声が聴こえなくてよかったと心底思った、聴こえていたら騒ぎどころではない。
曲がり角で1回振り返ると、付喪神は人間では考えられないスピードで走っていた。
自力で走っていたらとっくに捕まっている。
不気味に煌めく鋏を見て鳥肌が立ち、思葉は急いで前を向いて駆け出した。
途中で小さな公園を横切ったが、ベンチに酔っ払いが眠っていたので別の場所にする。
植え込みを飛び越え、細い道を駆け抜ける。
別の道に出たとき、歩道を走っていた自転車と激突しそうになった。
驚いた声と共に甲高く耳障りな急ブレーキの音が鳴る。
「うおっ!?」
「わっ!?」
思葉はぶつかる寸前に跳躍して躱し、着地すると同時に、驚いたせいでバランスを崩し転倒しかけた自転車の運転手を支えた。
その寸前、がら空きの首筋に素早く手刀を落とす。
思葉の右腕に倒れこみ、自転車が倒れたときには、運転手の意識は吹っ飛んでいた。
これらはすべて、思葉の意思でやったことではない。
触れたままの左手から流し込まれた波動を介して、玖皎に身体を操られたのだ。



