「玖皎、を……?」
「そうだ。侍女たちと一緒に逃げずにおれを探してくれていたらしい。
まさか貴族の姫が得物を持っているとは山賊も思っていなかったのだろう、躱しきれず、姫の短刀で腕を軽く裂いた。
それに憤った山賊は、少しもためらうことなくおれを抜き払い……姫を斬った」
「く……」
心のどこかで想見していたことを告げられ、思葉は文字通り二の句が継げなかった。
針のような耳鳴りがする。
喉がひりつき、うまく息が吸えなくなる。
表情を見せまいとしているのか、玖皎は窓の外を見たまま言葉を続けた。
「当然、おれは何もできなかった。
晴明と出会いやつとの勝負に敗れる前まで毎夜感じていた肉を裂く感触が走り、それで姫を斬ったのだと気づいたときにはもう、姫は渡殿に倒れていた。
伏したところからみるみるうちに血が流れ、渡殿をその色に染めていった。
あれが、おれが姫に触れた、最初で最後だったな。
その一度で、おれは姫の命を奪った」
玖皎が自分の手のひらを見つめ、軽く息をついてから言葉を継ぐ。
「……山賊は何と言ったと思う?
『これは上等の得物だ、いい拾いものをした』だとよ。
あの山賊は姫を巻藁代わりにして、おれの切れ味を試した、要は試し斬りをしたんだ。
それから、『斬るのは少し楽しんでからにすれば良かったな、惜しいことをした』とも口にしていた。
……人間に対してあれほど殺意を抱いたのは、後にも先にもあの一度きりだ。
晴明との約を違えてでも、あの男は殺してやりたかった。
だがそんなことは出来ぬまま、おれは連れ出された。
最後に見たのは、激しく燃え盛り轟音を立てて崩れていく山寺だった」



