俺はその時、ようやく彼女がずっと唇を押さえたままだということに気づいた。



「だからって柚季にキスする必要なんてなかったでしょう⁈」



なにも言わずに笑った陽介さん。

頭に血が上って、体が沸騰しそうに熱くなる。






努力を才能だと言う陽介さん。

柚季を傷つけた陽介さん。



いつもの彼は、飄々としていて、人に迷惑をかけまくり。

軽くて少し面倒で、それでも……。

陸上を愛している人だったのに。



俺の嫌いで、だけど大切だったはずのこの人はどこに行ってしまったんだろう。






「キスだけで騒ぎすぎでしょ」



一瞬なにを言われたのか、理解できなかった。






俺と柚季は、キスをする機会がなかったわけじゃなくて。

お互い気恥ずかしかったのと……大切にしたかった。



特別なことだから。

大事に、したかったんだ。



なのに……!