「本当に俺様なやつが好きなんだ?」

 声のトーンも、低くなっているように聞こえる。


 自分の心臓の音がどんどん高くなっていくのが分かる。

 ドクンドクン、とまるで耳元で鳴っているかのようだ。


(やっぱり、怖い……)

 地味でパッとしない大人しめな男子。
 里桜はそんなクラスメートのはずだった。

 なのに今目の前にいる彼はまるで雰囲気が違う。


 今にも食べられてしまいそうな……。

 そう、まるで赤ずきんに出てくる狼のようだ。


 その狼は口の片端を軽く上げ笑うと、ゆっくり顔を近付けてきた。

(食べられるっ!?)

 そんな気がして思わず目をギュッと閉じる。


 耳元に軽く息がかかり、春花は思わず息を止めてしまう。

「じゃあ俺様好きなあんたを、俺に惚れさせてやるよ」

 それだけ言って離れる里桜。
 木についた手も離れ、少し余裕が出来た春花はゆっくり息を吐き目を開けた。


 目の前には、無害そうな笑顔をこちらに向けている地味男――だったはずの人。

「これは宣戦布告だから。覚悟しておけよ?」

 無害な笑顔は害があり過ぎるほどの意地悪なものに変わり、低い声のままそう告げた里桜は踵を返し去って行ってしまった。


 彼の姿が見えなくなっても春花はしばらくその場を動けない。
 木を背にして、ズルズルと地面にへたり込む。


 ついさっき起こった出来事について行けない。

 未だにさっきの怖い男が地味男の里桜だったとは信じられない。


「何なの……あれ……?」

 春花の呟きは舞い散る花弁と共に散った。