詩月が、ヴァイオリンの教則本「スズキ·シノザキ」などを知ったのは、詩月がリリィに師事し始めた時だ。



リリィは詩月の運指法が、微妙に怪しことに気付き、基礎から厳しく指導し矯正もしたが、詩月の弾き方は、師匠が変わった今でも度々「指!」と指摘されることがあるほどだ。



詩月は、母親が自分に対しヴァイオリンのことで特に何も言わないのは、ヴァイオリン教室が忙しいためだけでなく、また自身が指を痛めたからだけでなく、自分を健康な体に産めなかった負い目があるからだと思っている。



また、母親は口にこそ出さないが、詩月がヴァイオリンを弾くことを快く思っていないのかもしれないと感じることもある。



名演奏家にとの期待をされながら、忘れ去られた悲劇のヴァイオリニストの息子。



話題作りには格好の材料に違いない。



 「夢のあとに」の終盤、即興で荒城の月と宵待草のアレンジを入れ込む。



再び、ざわめきが起こり、続いて沈黙の後、空気が凍った。