「今は、無事なだけかもしれないじゃない!」
胸が破けてしまいそう。タクシーの運転手みたいなこと言わないでよ。なんであなたが傷付いた顔をするのよ。
「私が言いたいのは、事故は未然に防げるものだろうってこと。その努力を、意識を、人はするべきだってこと! 起きてからじゃ、遅いんだから……っ」
じわりと涙が浮かんで、咄嗟に顔を背けた。
これじゃあただの癇癪持ちみたいだ。彼も大概不可解だけど、彼にとっての私も相当意味が分からないだろう。それでも謝る気はない。間違ったことを言っているつもりもない。
しんと静まった夜の街に、ああ、そっか、と聞こえるような、彼の息遣い。
「きみが世界でいちばん逢いたい人は、交通事故に遭った?」
言葉を失い、彼を見る。
そうだよ、と言いたくて開いた口からは何も出ず、ただ、泣きたくなった。瞳に溜まったままの水分を、こぼしてしまいたかった。人前ではできないのが私で、堪えるために唇を結ぶ。
「答えたくない?」
「……その話は、したくない」
「そっか。じゃあ、」
続かない言葉に視線を向けると、交差点を見やっていた彼の瞳が私を映す。ふわりと風に揺れた髪の毛が綺麗で。微笑む彼の頬が柔らかそうで。
「ここで事故に遭った人は助かるように、祈ろうか」
一瞬、何を言われたのか呑み込めなかった。
祈ったよ。朝まで繰り返し、助かりますようにって。命を救ってくれる人が現れますようにって。
「私は、それしかできないことが、嫌なんだってば」
車が前方を注視していれば。法定速度を守っていれば。歩行者が左右を見ていれば。誰かが危ないって叫んでいれば。事故は起きなかったかもしれない。



