「きみとこんな風に、からかわれるくらい話せるようになって幸せだなあ、ってこと」
「…………」
「ほらね。大したことじゃなかったでしょ?」
そんな嬉しそうに顔をほころばせておいて、どこが大したことじゃないんだ。人の心拍数を上げておいて、無邪気に、何を。
ぶわりと顔中に熱が拡がって、からかったことを後悔する。振り回されるのはご免だから、少し意地悪してやろうって思っただけなのに。倍返しどころじゃない。
「……あれ? 照れてる?」
「照れてませんっ!」
「わあ。敬語の壁」
なかなか分厚いと思ってくれたなら助かる。
この人相手だと、どうにも調子が狂ってしまう。私と彼の一風変わった関係のせいにしたいけれど、言うほど複雑じゃない。
彼は話がしたいだけ。私は話すくらいならと妥協しただけ。それがこんなにも心乱されることになるとは思っていなかった。
真っ直ぐ過ぎるんだ、この人は。曲がりに曲がって歪んでしまった私には、強烈なほど。
掛けられ慣れていない言葉は、言われたことのない言葉そのもので。口調も声音も、見た目だって違う全くの別人なのに。彼について考えると、いっくんを重ねてしまう。逆もまた然りだった。
誰もかけてはくれなかった言葉を、口にしてくれる人。懐かしむ私と求める私が隣り合っていて、混乱する。
答えは出したくない。今まで通りでいたい。何ひとつ、変わることなく。それなのに。
「まあでも、今日は新しいきみが見られたから、急いで来た甲斐はあったかな」
あなたはいつも見透かすようにしながらも、無理に壁を壊そうとしてこないから。
「帰るよ。またね」
胸が痛むんだ。やわらかな笑みに気遣いを感じるたびに。こんな、相変わらず返事もしない私のどこがいいのか、って。
我慢をさせていると分かっていても、譲れない私はきっと、何度も彼に傷を付けている。
そんな自分が今夜はとても、とても、嫌だった。



