「ねえ」
声を掛けられるとほぼ同時に、私の携帯が鳴る。生活音のない時間帯にマナーモードの振動音はよく響いた。
こんな夜中に、誰……。二度三度と震え続ける携帯をポケットから取り出すと、画面に表示されていた名前はお父さんで、予想すらしていなかった人物に息が止まる。
何かあったのだろうか。あったとして、どうして私に。こんな時間に、電話なんか。
考えあぐねている内に振動が止んだ。しばらく携帯を持ち続けてみるも、再び鳴ることはなかった。
「出なくてよかったの?」
彼の不思議そうな声が届いても、お父さんが電話をかけてきたわけを考えてしまう。
「うん……メール、こないし。急用じゃないと思うから」
画面のバックライトを落とし、ポケットへ押し込む。
「それで? あなたさっき、何か言い掛けなかった?」
「あー……いや、大したことじゃないから」
忘れてと言わんばかりに手を左右に振ったところ悪いけど、大体いつも大したことは話してない。
「今、いつものことじゃんって思ったでしょ」
「あなたはあれね。察しがいいよね」
「これでも年上ですから」
まだ根に持っているのか。年齢は関係ないでしょう。言ったところでコンプレックスは根強そうなので黙っておくことにする。
「……、なんで嬉しそうなの」
彼の自虐的な笑みが、いつのまにか機嫌のいいものに変わっていた。今にも鼻歌を歌い出しそうで、理解できず顔がひきつった。
「え、何?」
「からかわれたなあ、って」
「は?」
私は怪訝な顔を向けているというのに、彼はなんてことないように破顔する。



