「話をしよう。俺と、いっぱい。いろんなこと」


ゆらりと一歩身を引いた彼に、思わず口を開いた。声は、出なかったけれど。


「それ以上は、望まない」


たった一歩下がっただけなのに、彼はエントランスの明かりも街灯の明かりも受けず、影の中へ溶け込んだ。


そのせいで表情が見えなくなって、それでもきっと微笑んでいるんだろうって思ったのに、妙に胸が騒いでしまった。


おぼろげな輪郭のまま、彼はきっと返事を待っている。


「――……」


拒絶も承諾もできず、うつむいてしまった。どうしようもない私。いいかげん呆れるだろうなって感じながら、ぎゅっと目を瞑った。


「また、逢いに来るよ」


返事をしないまま背を向けた私に投げかけられた言葉。繰り返し言われた、求めてもいない言葉に、じんわりと目頭が熱くなった。


私だって逢いに行きたい。生きてさえいてくれれば、また、何度だって。


そう真っ先に思ったあと、彼も似たような気持ちなんだろうかと考えた。


嫌じゃない。不快じゃない。それでもやっぱり胸が痛むから。転びそうなほどうつむいて、この前とは全く違う気持ちで自動ドアの間を通り抜ける。


まだ真新しさの残る鍵を取り出したとき、その縁をきらりと光が走り去った。


振り返ったのは、なんとなく。

もちろん彼はいなくて、私は残念がるわけでもなくて。

雪が降り頻る明るくて寒い自動ドアの向こう側が、こことは違う世界のように感じていた。



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