『父さんが連れてこいと?』
『いえ……そうでは、ありませんが。いぶきさんはどちらかと、探されていたようなので』
『探していただけで、連れてこいと言われたわけじゃないんだよね?』
押し黙る使用人の表情は見えなくとも、胸の内が穏やかではないことは知れていた。
現当主の息子といえど、ひと回り以上も歳の差がある子供に、言い包められるふりをしなければならないのだから。
『僕はきちんと挨拶した。顔も見せた。それで十分なはずだよね。あとは大人で勝手にしててよ』
『ですが、来客はまだ、』
はあ、と憂いげに。かつ氷のように冷たそうなため息がこぼれた。
『今日はもう休みたい。疲れたんだ。ハルと一緒にいたい。夜までずっとふたりでいい。邪魔をしないで』
『……灯、お嬢様ですか?』
緩んだ気持ちが再び引き締まる。押し入れに隠れているのに、見つかってしまった気になったんだ。
けれどいっくんは私がここにいるともいないとも言わず、使用人を見上げたまま、口元をほころばせる。何度も見た。微笑んでいるのに目の前の人は見ていない、もっとずっと奥深くを見ているような表情。
いっくんは昔から、言葉の裏を読むのが得意だった。
『好きなだけ言いふらしなよ。僕は相変わらずハルにご執心だって。他の人間に興味がない、扱いづらい気味が悪いって。そう思ってるんでしょう? いいんだよ、無理して隠さなくても。どうせ漏れてるんだから』
『わ、私はそんな、』
『じゃあ、ハルを連れてきてくれる? いつも貴方たちに後ろ指さされて、今日は好奇の目にさらされて、たまらずどこかへ隠れてしまったひとりぼっちのハルを。見つけ出して、あの小さな手を引いて、僕のところへ連れてきてよ』
『…………』
ぐにゃりと視界が渦巻く。一瞬のことに目をこすれば、額からひと筋、汗が流れた。