「あの、じゃあ、」

「えっ、待って」

ありがとうございました、と一応感謝で締めるはずだった私のそれは掻っ攫われた。驚いたあと残念そうな顔を向けてくる、見覚えはあるけれど知り合いではない男の子に。


待って、と言われても。


「……なんて、俺がまだ話していたいだけなんだけどさ」


はにかみながら告げた彼は、その綺麗な二重目蓋の眼に溌剌とした、けれど臆病そうな光と影をほのめかせて私を見つめ返す。


何かとても重大なことを見落としている気がするのに、胸が騒ぐ見当さえつかず、動揺した。それこそが答えのようなものだったと気付くより早く、尋ねていた。


「あなた、何?」


ナンパにしては距離が空きすぎている。お互い見覚えはあっても名前から歳も、住んでいる場所だって知らない。ひたすらに偶然が重なり、今こうなっているだけのはず。

彼の人柄だとしても、やけに親しさが込められているのが不可解でならない。

偶然じゃないのかもしれない。そう感じさせるということは、彼のほうだけが。


「私のこと……知ってるの?」


馴染みのない人と向き合っているしんどさは、手足に枷をはめられているようなものだ。表情や動きが強張る私と違い、はじめから身振りを加えていた彼は次に、コートのポケットへ手を突っ込んだ。


「多少はね」


私はいくらも知らない。間違いないのは、朝に見掛けた人であるということだけ。


「俺は何、かあ……」


ゆらりと空を仰いだ彼は悩ましい声を出したあと沈黙し、


「ストーカーかなあ」


と、夜空を仰ぎ見たまま首を傾げていた。私は一層表情を硬くした。


断定的な言い方ではないにしても、自らをストーカーと自覚し告げるそれがいるものだろうか。


でも私のストーカー像とはだいぶ遠いだけで、彼の中では近いことをしているのかもしれない。本人がそれと言うのだから、無視するわけにもいかなかった。