お父さんや司さんだけじゃない。彼のことも、傷付けずにいられたらって思う。忘れられない夢と、忘れられない人がいても、あの夜数えたものの中に彼もいた。大事なもの。失いたくないもの。守りたいもの。あなたはどれだったんだろう。
色の異なる感情を整理するのは苦手だけど、ひとつだけ選んで取り出すことくらいはできる。
「私は、あなたのことが知りたい」
手を伸ばさずにいた気持ちに自ら触れた時、胸のつかえが取れた気がした。
ああ、そっか、って。アイツが彼なのか確かめたかったんじゃない。どこの誰だろうとかまわない。夢を見るよりもっと前から私は、あなたを、知りたかったんだ。
「……驚きすぎじゃない?」
大きく目を見開いたまま固まっていた彼は、「だって」と言い淀む。
「驚くよ。今日は質問が多いなとは思ってたけど、まさか、きみがそんな……あんなに知りたいと思わないって、何回も何十回も何百回も」
「何百回は盛りすぎでしょう」
「だって……うわあ、もう……」
顔を、赤くしないでもらいたい。わけも分からず照れられると、私までこっ恥ずかしくなるじゃない。
『俺のこと、知ってほしい』
あなたが最初に言ったのに。今さらだったかどうかは彼の様子で一目瞭然だけれど。
「もしかして、撤回済みだった?」
「撤回? って……ああ。言ったね、そんなこと」
暑くなったのか詰まる襟を左右に引っ張っていた彼は、「してないよ」と床に呟く。俯いていた時間は1分にも満たなかった。
「俺は、きみと話せるならそれでいい」
微笑みに、嬉しさが滲んでいく。こぼれそうで、もったいないくらい。
「だから、なんでもいいよ。俺に聞きたいことがあれば、いつでも。きみが知りたいこと、全部答える」
彼は、何かに似ている。人でも動物でもない何か。ずっとそんな気がしているのだけど今夜も掴めそうにない。



