「マンションの人に見られて噂されたくないだけです!」
「分かってるよ。嬉しいんだよ」
一度は口を尖らせた彼だけど、すぐに目尻が下がるのを見て、続く言葉がなかった。
「言ったことは守るよ」
清く正しいストーカーだから襲わないと宣言したことを指しているなら、不十分。改めて知りたいことはそんなことじゃないんだから。
『俺に聞きたいこと。なんでもいいよ。知りたいこと、全部答える』
どこからどこまで聞けばいいのか。そもそも本当になんでも答えてくれるのか。不安はあったけれど、どうせなら腰を据えて話したかった。このままでは、もやもやが増えていくばかりで。
確かめるんだ。真っ直ぐ私を見つめて微笑むこの人が、誰なのか。
「設定温度が18度とは。暖房機もがっかりだね」
ホットコーヒーを用意しリビングへ向かった私は、モッズコートを脱いでいない彼を見遣ってからテーブルにマグカップを置いた。
「今日着てたコートも薄手だよね。あれって秋とか春用でしょ。寒くないの?」
「あったかすぎるのって苦手だから。ミルクと砂糖いる人?」
「いるいる。自分でやるよ。ありがとう」
エアコンからようやく離れた彼は向かい側に座ると、マグカップへ砂糖とミルクの順番でふたつずつ入れていた。私はブラックのままマグカップへ口をつける。
マドラーを回す様子を眺めながら、室内であぐらをかく彼はより普通の男性に見えた。
色白ってわけでもないが、日焼けしたら赤くなりそうな肌色をしている。外で印象的だった髪色は、リビングの照明下だと思っていたよりも明るかった。ちょっと猫背かな。手は大きい。爪の形が貝殻みたいで綺麗だ。
「おいしい」と口に出され、観察の目を外す。
「インスタントだよ」
「あったまってほっとするって意味のおいしい、だから問題ないよ」
視線を戻すとにこりと笑みを浮かべられ、自分のコーヒーには氷をひとつ落としていた私とは何もかもが違うなと思った。
温まったならいいけれど、猫舌なら言ってくれたらいいのに。湯気の立つコーヒーに息を吹きかけるも、「アチ」と言いながらなかなか飲めていない彼がおかしかった。



