「びっくりしたあ。どうしたの……ていうか今日、帰ってくるの早くない?」

「早くありません」

「嘘でしょ。だって今、えっと……思ったほど早くなかった」

わずかに視線を向けると、彼は腕時計を付けた左手の袖を直していた。

「でも、どうしてきみがここに?」

「別に。なんでもありません」

「うーん……あ。もしかして俺のこと探しに来てくれたとか」


ぎくりとした。腹を立てていたはずが頬の熱は溜まる一方で、黙っていると彼が戸惑いの声を上げる。


「えっ……ほんと?」

「違います!」

勢いをつけて睨み上げる私の顔はきっとまだ赤い。説得力が皆無でも、先に笑われてしまっては取り繕う暇もなかった。

「残念。でも逢えて、嬉しい」


ようやく向かい合って彼の表情を真正面から見た私は、息を呑む。


「ちょっと話さない?」

そうベンチを指差す彼の笑みが力なくて、今夜は哀しさのほうが多めだったから。私は頷き、彼に続いてひんやりとしたベンチに腰掛ける。

「寒くない?」

「平気」

「きみと並んでると、俺が寒がりみたいだ」

ポケットに両手を突っ込み、もぞもぞと首周りのファーに顔を埋める彼を横目で見ながら、やはりどことなく元気がないように思えた。

「どうしたの」

声をかけ、彼と目が合ってから直球すぎたと焦る。

「あ、その、ここで時間潰してたとかなら、いいんだけど……あなた、寒いの苦手そう、だから。なんでかなって」

支離滅裂だ。何かあったんじゃないかって思っても、私はあえて聞くことをしてこなかったから、どんな風に続ければいいのか。

泳がせていた視線を彼に向けた時、ぐるぐると渦巻いていた迷いが消えたような気がした。

逸らされない瞳の中に、私が映っていた。


「……いっぱい、いろんなこと話そうって言ったのは、あなたでしょ」


それ以上は望まない。あなたも、そして私も。


流れるように微笑みを浮かべた彼は、まぶたを伏せた。