「いいな。きみにそこまで想われて。幸せ者だ」


ひとりごとのようなそれは、彼の心をそのまま形にしたみたいだった。受け取っても返せないから、私は今日も何も言えなくて。


「俺が同じように消えようとしたら、きみは引き止めてくれる?」


瞳がこちらを向いて、そっと俯いた。

答えようがない。彼の存在を、受け入れてはいる。もし、彼の命が危ぶまれる夢を見たら、私は駆け付けるだろうか。彼が消えようとしていたら、私は。


「――……」


想像でしかないことに心を割いても仕方ないけれど。今、ここから彼が消えてしまったら、さびしいと思った。口にできないくらい、とても。


「そろそろ帰ろうか」


最初から私は答えないと踏んでいたのか、立ち上がった彼は私が腰を上げるのを待っていた。


「今日は眠れそう?」

やはり送ってくれるらしい彼の隣を黙って歩きながら、曖昧に頷いた。きっと眠れる。そんな気がする。


「たぶん、あなたのおかげ」


話をして、記憶の中にあるいっくんは私の妄想じゃないと思えた。夢の中で逢えなくたって忘れることはないし、これからも想い続けられる。


「話を聞いてくれて、ありがとう」


全容は見えていなかったと思う。それでも、刺さったトゲをひとつずつ抜くみたいに、目をそらさず言葉をかけてくれた。


真摯だったり適当だったり、掴み所のない彼がもたらすもの。あたたかくて、痛々しいそれは、私が私である限り、日の目を見ることはないのだろう。

だから、できることなら、少しでもあなたを傷付けずにいられる選択をしたいと、思ってしまった。


「今度はあなたの話を、聞かせてね」


真っ直ぐな瞳を見つめ返すと、

「俺のこと、知りたくなったの?」

なんて肩をすぼませて、またおどけてみせる。


「さあ。どうだろう」


唇を結んだ彼を尻目に、軽くも重くもない足取りでマンションへ入った私は真っ直ぐ自宅へ戻り、眠りについた。


ごちゃごちゃと多くのことは考えずに、もう一度、大事にしたいものだけを数えながら。



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