夜空に瞬く数多なる星々を掻き分けて、天空の海を泳ぎ続ける自分を想像する。
 果てしなく遠く、終わりのない闇の海。
 しかしそれも疲れ果て、手足の動きを止める。

 沈む。沈む。深く。深く。

 唯一残った力を振り絞って手を伸ばすが、それを掴んで引き上げてくれる者はない。
 よって、諦めて手を下ろす。
 ただ泡沫に漂う。
 悲しみと共に深海の闇の中。
 
 もう誰もいないのか。この世には自分だけしか。

 己で命を絶つことすら赦されず。

 刹那、思い出す。
 精一杯生きろと言った相手を。
 
 ああ、そうか。だから死ねないのか。

 その相手は満面の笑顔を浮かべて死んでいった。
 この手を強く握って。
 だがその手も徐々に力を失い、ついには地に落ちた。

 あの時は一時的な喪失感を覚えたが、この永い時間に呑み込まれ消え失せていた。

 今では寧ろ、その死が羨ましく思う。
 あれだけの笑顔で死んでゆける人生を。
 そして同時に、憎しみをも覚える。
 どうして生きろなどと言ったのかと。
 これだけ永らく精一杯生きているのに、一向にそれに終止符が打てはしない。

 虚無の深淵。宇宙と砂漠の饗宴。波間に揺れる星と月。
 天地が彩る深海に、己の感情や思考が全て溶けてゆけばいい。

「時よ止まれ。お前は狂おしい」

 直後、己の生命活動がようやく終焉を迎えんと砂漠は荒れ狂い、天がうねる。

 ああ、やっとだ。ついに永かったこの人生に幕を下ろすことができる。

 この言葉こそが、不老不死を終える呪文であった。

「さぁ、精一杯生きた。今、そっちに逝くからね」

 この瞬間、自分は笑顔を浮かべられただろうか。
 あの人と同じように、満面の笑顔で死んでゆけただろうか。

 その涙は、この孤城と共に砂の海の中に埋もれていった。

 
 砂漠の海。天空の海。
 どちらにも挟まれて、底知れぬ悲しみの深海。

 金と銀との闇にさらわれ、月の砂漠の海でたゆたう、夢を見る。

 このまま眠りの中で、永久に目覚めんことを祈りながら。






 数世紀後、そこへやってきた発掘者がそれは見事で美しく、立派なデザートローズを発見した。
 砂漠の薔薇のまたの名は、想いの化石。
 
 その存在の意味と効果は、あなた次第。




 END