葉月の甘酸っぱく、終わらぬ恋物語を聞いた恋夜と逸人は、何とも言えない表情になっていた。
「だから俺は、いつか金石が目覚めるその日を、約束通り走りながら待っているんだ」
葉月は穏やかだった。悲観的な香りなど一切漂わせず、感じるのは、彼女への甘やかな匂い立つ愛情だけ。
自分の律子を大切に想う愛さえ、葉月の愛に比べたらちんけなものかもしれないと、逸人は思い古傷を擦る。
「……ハーシーと彼女さんは、きっと幸せを妬む悪魔に目ぇつけられちまったんだな」
「え……と、レン?」
話を静かに聞いていた恋夜の、あまりにもロマンティックなその言葉に、葉月はまた、驚かされてしまう。
どこか現実的で、年齢より落ち着いて見える恋夜のその言葉は、葉月にとっても、そして逸人にとっても意外でならなかった。
「俺が、悪魔を追い払うおまじない、唱えてやるよ。昔父さんから教えて貰って、大事な試合の時とかにいつも唱えたモンなんだ」
恋夜はつり上がった縁取りの奥の、黒目の大きな瞳をキラキラと輝かせ、金石の痩せ細った手を撫で、心地の良い低音の声で囁いた。
「toi toi toi……toi toi toi 」
その声は、まるで薪をくべる焚き火のような円やかさと優しさがこもっている。



