本番を控えた今じゃ、歌を覚えるどころかハモりだってつられない。
その上、抑揚までしっかりつけられるレベルにまでなっていた。
楽しみ半分、緊張半分。
でもきっと。市ノ瀬はもっと、緊張の分量が多いんだろうな。
絶対、ドキドキしてんだろうな。
ワヤワヤと賑わっている中で、そんなことを思った。
ピアノの伴奏は、全員の声をのせる土台を作る役目だ。
たった1人しかいない。
だれかにまぎれて、誤魔化したりできない。
市ノ瀬は最後に入るから、列の1番後ろに待機しているはずだ。
少しでも顔を見ておきたかったけど、振り返ることはできなかった。
『…変に意識してんじゃねーよ』
あの日。
市ノ瀬を、傷つけてしまった。
おれが勝手に好きになって、巻き込んで、迷惑かけて。
そんで、ひどい言葉を吐いたんだ。



