ハッとした表情になった市ノ瀬は、おれからロコツに、視線をそらした。
「……え」
心ん中に、ザラッとした感触が走る。
そのまま何もなかったように、隣を通って、教室を出て行ってしまおうとする市ノ瀬。
スっと、風が流れた。
黒く長い髪が、2本の線のように映って、視界を外れていく。
ショックだった。
それと同時に、イラついた。
…ちょっと仲良くなったかも、なんて。アホみたいだ、おれ。
少し近づいた、とか調子にのってたら、一気に離される。
溜め込んでいたもどかしさが、爆発した瞬間だった。
「……変に意識してんなよ」
キツめの口調で、そう言ってしまった。
市ノ瀬は、一度立ち止まった。振り返らなかったから、背中しか見えなかった。
けど、市ノ瀬の。
あの丸い目はきっと、揺れていたと思う。



