「…あっ、えっと」
ほおを染めたまま、市ノ瀬が言う。
「れ、練習、しよっか。えっと…まず、最初のとこから…」
「市ノ瀬」
名前を呼んだ。
楽譜に伸ばされようとした市ノ瀬の手が、ピタリと止まる。
「…うん?」
「まだ音楽室、行ってんの。残ってんの?毎日」
市ノ瀬の顔を見る。
均等に開かれた両目に、おれの影が映っている。
「…あ、ううん。毎日じゃなくって。塾ない時とか、たまにだよ」
「……じゃあ、おれが行った時弾いてたのって、すげー偶然」
「え?」
「べつの日に行ってたら、市ノ瀬いなかったかもしんねーんだろ?」
見つめながら、聞く。
市ノ瀬は、頭をストンと落とすみたいにうなずいて、さらに真っ赤になった。
「う、うん……」
「………」
「…れ、れんしゅう…」
「……おー」



