自然とため息を漏らすと、水を飲みに階下のキッチンへと向かった。
薄暗い階段を下り、キッチンで水をグラスに注ぐ。それを口にしようと思ったところに、ガチャガチャと玄関から音がして肩を上げた。

「ん? ああ、茉莉か」
「お、お父さん! おかえりなさい」

まだ広海くんの不安が拭いきれてないのか、ものすごい動揺をしてしまって水を零してしまった。
その様子をみたお父さんは、あきれた声を出す。

「おいおい。なにしてんだ。大丈夫か?」
「あ、う、うん。床に少し零れたけど」
「そんな調子で受付に座ってるのか? 不安だな」

冗談交じりで言われると、咄嗟に笑うことも怒ることも出来なくて、ごまかすように足元の水を拭いた。

受付の仕事は、私なりに頑張ってる。
でも、簡単にそれが伝わるとは思ってないし、見られることもないと思ってる。

だけど、あれだけいる従業員の中で、斎藤さんは私にも声を掛けてくれた。

職場の話題になれば、今や鮮明に浮かぶスーツとメガネ姿の斎藤さん。
私だけじゃないんだろうって思ってる。
東雲さんのことだって見てるし、同僚らしい、みのりさんにだって同じように気にかけてるのかもしれない。

私だけが特別だなんて、一度も言われたことないし。

それでも。
それでも、私を見てくれるあの人が近くにいてくれたら。

「お父さん。コンサルティングで来てる、斎藤さんって知ってる?」
「ああ。茉莉も知ってたのか」
「たまに話しかけてくれるから」
「そうか。彼がどうかしたか?」
「……ううん。いつまでうちに出入りしてるのかなと、急に思っただけ」

きゅっと床を拭き終えて立ち上がる。
なるべく平静を装ってお父さんを見ると、真剣な顔で私を見て言った。