『全くべたべたとうっとうしいな』

 現在、子犬状態のドルフのつぶやきは、フィオナにしか聞こえない。
 ここはオスニエルの執務室である。フィオナはと言えば、オスニエルの膝にのせられ、一緒に書類を改めている。

「オスニエル様、私、自分の椅子に座ります」

「なぜだ。来客がいるわけでもないのだからいいだろう」

「だって、ロジャー様が」

「俺は人間にカウントされていないようなのでお気遣いなく」

 ロジャーがやけくそのような返事をした。

 現在、オズボーン王国は交易路の整備に関する事業を行っている。
 広くなった国土には、多くの特産物がある。それをうまく流通させるための整備事業だ。
 オスニエルはフィオナの意見を聞くため、頻繁に彼女を執務室へと呼び出しているのだ。

「私、お茶会などで女性の意見をよく聞くのですが、流行というものは、ある程度操作できるのです。上流階級の方が発起人となり勧めていくことで、爆発的に広めることができます。ですから、流通経路の整備と共に各地方で特産物がはやるよう仕掛けておくのも重要かと」

 ブライト王国の氷も、氷レモネードという形をとれば、老若男女に受け入れられるスイーツとなる。せっかく多くの国とつながりを持っているのだ。各国の良いところを取り入れ、新しいものを作っていけばいい。

「奥方様の意見は参考になりますね。まとめて議会に出しましょうか、オスニエル様」

「そうだな」

「陛下も、最近のオスニエル様の成果をお喜びです。もう王位を継承させてもいいのではないかとさえ」

「いや、それはまだ困る」

 オスニエルは膝に乗せたフィオナの腹を優しくなでた。

「俺は、しばらくは、子煩悩の父になるつもりなんだ」

「オスニエル様!」

 ロジャーは思わずフィオナを凝視する。

「ご懐妊でしたか?」

「まだです!」

「すぐにするよ」

 フィオナの髪にキスをして、オスニエルは平然とのたまう。
 それは、武力がすべてだった昔の彼からは想像もつかない姿だ。

『お前の子を見るのは、俺も楽しみだな』

 フィオナにしか聞こえない声で、ドルフが言う。どうやらいずれ生まれてくる我が子には、とっておきの加護が待っているようだ。
 フィオナはほほ笑み、明るい未来を想像する。
 もう過去には戻らない。未来は光り輝くものだと、今のフィオナには自然に思えた。



【Fin】