ケータイ小説 野いちご

小倉ひとつ。

たい焼き屋「稲や」
4.小さな引き出し

瀧川さんは、今日は出張で来られないらしい。


たまたま出勤を別日に振り替えてお休みだった昨日、小倉をひとつ注文しながらそうおっしゃっていたそうで、先ほど稲中さんから教えてもらった。


なんとなく扉を見る。もう時刻は十時を回っている。


一番初めのお客さんは二人組のご夫婦だった。


鳴らない釣鐘に、今日はいっしゃらないんだなあと改めて思う。


……寂しいなあ。


そんなことを考えていたら、稲中さんに呼ばれた。


「かおりちゃーん」

「っ、はーい」


慌てて奥に行くと、これ並べておいてくれる? と焼き上がったたい焼きを渡された。


はい、と受け取って見栄えよく並べていく。


陳列棚に十個ずつ並べておいて、陳列分が五個を下回ったら新しく焼き始めて補充するのが決まり。


できるだけ焼きたての方が美味しいので、あまり一度にたくさん焼かないように調整するのも大事なお仕事だ。


ええと、これが小倉でこれが季節のものだから、今のところ十個ずつ。よし。


「稲中さん、今は全部ちょうど十ずつです」

「はあい。また足りなくなったら教えてね」

「はい」


稲中さんに報告してカウンターに戻る。


平日だからか、今日は少しお客さんがまばらだった。


インターネットの予約もお電話も片手で足りるくらいしか来ていない。


並べたばかりの小倉のたい焼きをそうっと見遣って——少しだけ、心が沈んだ。

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