「…紗波、帰ろう?」



紗波が色鉛筆を止めて、机の上に置くと、その声の方を向いた。



小百合が鞄を肩に掛け、扉の前に立っている。



「…無理」



紗波はそう一言だけ言い放つと、また落書き帳に向かい合い、瑠璃色の色鉛筆を手に取った。



「また美術室に泊まるの?」



「帰りたくないから」



小百合が美術室に踏み入ろうとして、わっと声を上げると、立ち止まった。



小百合が目を見開く。



美術室の床の三分の一を、瑠璃色のアジサイが描かれた紙で、埋め尽くされていた。



「…え?これ、全部…描いたの…?」



紗波は答えずに、黙って色鉛筆を動かした。



小百合が眉を顰め、絵を集めながら紗波に近寄り、机の上に纏めて絵を置いた。



そして、花瓶に生けられたアジサイに、ハタと目を止める。



「わぁ…綺麗だね。中庭に咲いてた?」



紗波がコク、と頷くと、また落書き帳から一番上の紙を破り取った。



ノリが剥がれるピリピリという音。



そして、また床に落とすように、後ろに投げた。



「…えっ!」



ひらひらと落ちる絵を取ろうと、小百合が腕を伸ばす。



しかし、虚しくも絵はカサ…と音を立てて、床に舞い散った。



しゃがみ込むとその絵を拾い、眺める。



そこには、繊細な線で描かれたアジサイと、キラキラと光る花瓶があった。