「…絵は、夢と現実の世界を行き来して…その真実を伝え、問いかける物…」
紗波がポツポツと話していくのを、祐輝は信じられないような気で見ていた。
「夢と…現実の世界を…行き来?」
「…そう」
紗波が色鉛筆を止める事はない。
「…夢の世界は…テーマを『桜』とするなら」
紗波が数秒 黙ってから、言葉を発した。
「桜が醜いなら、あなたはどう思う…?何をする…?それを問いかけるために、夢の世界の真実を描く…」
紗波が、廊下側の壁を指差した。
祐輝が息を呑む。
そこにあったのは、他の美術部員が描いたらしい、荒々しいタッチで描かれた『真っ黒な桜』だった。
汚らしく薄汚れた桜が、ひらひらと舞い落ちている。
「…桜が黒いのか」
「これを見て、何を感じる…それを問いかける」
紗波が目の前のアジサイを見つめた。
「…そうだな、俺が感じたのはこんな桜で花見はしなくない、って事だな」
言った後で、随分と低レベルな事を言ってしまったと、気恥ずかしい後悔の念が頭をよぎった。
しかし、紗波は否定をせず、言葉を続けた。
「黒い桜で花見をしたくない…それも、立派な世界観の一つ…桜が黒いからこそ見たいという人も、居るかもしれない…それも、一つの世界観」
紗波が顔を上げた。
隣に座る祐輝の位置からは、美しい整った横顔が見えた。



