渋谷に着けば、雨にも関わらず、沢山の人たちが道を歩いていた。
駅から出ると、あの有名な『忠犬ハチ公』の像が二人を迎えた。
紗波が鞄の中を弄り、ノートを取り出そうとする。
「…えっ、ハチ公 描くの?ヒカリエとか行かないの?」
「うん」
小百合が吐息を漏らして、像の周りにあるベンチを見た。
そのベンチは濡れている所為か、誰も座っていない。
紗波がベンチに近づき、傘を立てて、鞄から白いタオルを出した。
ベンチにタオルを伸ばし、そこに座る。
「…そうか、紗波、絵を描く気で来たんだったね」
苦笑して、紗波の隣のベンチに洒落たハンカチを置くと、小百合もそこに座った。
左手にノート、右手に鉛筆を持つと、ハチ公の丸い横顔を描く。
酸性雨の影響で、像の所々に茶色い模様が流れている。
小百合は傘を肩に乗せて、紗波の絵を横から見ていた。
ハチ公の顔が現れてくる。
像のハチ公は何も言わず、どこか一点をジッと見つめては、主人の帰りを一途に待っている。
帰らないとは知らず。
絵の中のハチ公の全体像が、白紙だったノートに浮かび上がってきた。
そのハチ公は、ご主人様を、決して待っては居ないが。
あれから何分が経ったかは知らないが、小百合は特に退屈でもなかった。
物が出来上がっていく過程を見るのは、小百合は好きだ。
絵も例外には入らない。
紗波が鉛筆を動かそうとすると、
「…あ」
バキリ、と音が鳴った。
鉛筆の黒い芯が折れて、膝を伝って水の溜まった地面に落ちた。
小さな波紋が、徐々に大きく広がっていく。
小百合が紗波に何かを言おうとした瞬間、身体の上から、声がした。
「ねぇ彼女達、道 教えてくんね?」



