君色キャンバス




初めて祐輝に名前を呼ばれた時の事。



渋谷でナンパされた時、亮人と共に助けてくれた事や、瑠璃色のアジサイを見ながら、語らいだ事。



中庭に降ってきた雨の中、同じ傘の中で別々の時を過ごした事。



__暗い美術室の中で、交わした約束。



『…俺が久岡を、笑わせてやる』



紗波は、あの日から何度も祐輝の優しさに触れるたびに、揺れる心に気づいていた。



夏や秋にバイクの後ろに乗り、手を回すと聞こえた祐輝の音に、共鳴した鼓動。



昨日__紗波の闇を言った時の真剣な表情と、暖かい、手。



桜色を消し、もう一度 鉛筆を構えてから__ふっと動きを止めた。



(…笑顔の描き方は…)



脳裏に浮かんだのは、真っ白な自由帳に小百合の絵を描く、小学生の頃の自分が見た景色だった。



今とは違った下手な絵を、鮮明に思う。



けして上手くはない、自分が描いた小百合の笑顔。



「…」



桜色の鉛筆を、ノートの上に置き、シュッと一度だけ、力を込めた。



精密に描かれた祐輝の口元に引かれた桜色の線は丸く、簡単に、輪を描くように描かれている。



__ノートの中で、祐輝が笑った。



その刹那、コンコン、と扉が叩かれた。