何度 消しても、決して描けはしなかったあの男子の笑顔。
なぜ描けないのかは、紗波はちゃんと解っていた。
(きっと…私に、感情が無いから…)
何度 描き直しても、無表情になった。
悲しくもない、悔しくもない、嬉しくもない。
感情が無い事自体、紗波にはどうでもいい事だ。
不思議なのは、なぜ、あんなにもあの男子の屈託ない笑顔を描きたかったのか。
感情が無い紗波に、恋はあり得ない。
紗波がいくら考えたところで、解らなかったのだ。
帰り道、小百合にこの事を言った。
「…小百合」
「なに?紗波から話してくれるの、珍しいよね!」
「…五限目の間」
「うん」
「…笑顔が描けなかった」
「…え?」
事 細やかに、小百合に聞かせる。
話し終わると、小百合は何も言おうとはせずに、ただ下を向いていた。
時折 悲しそうに紗波の方を向いたが、紗波には小百合の思いなど、どうでもいい。
なぜ、あの男子を描きたかったのか、その答えを教えてくれる事もせず、小百合は紗波の隣を歩き続けた。
その時、カチャ、と音がして小百合がポテトチップスを片手に入ってきた。
「いる?」
「いらない」
夜まで会話がある訳でもなく、時間はゆっくりと進んで行く。
紗波は、この家に泊まるつもりは毛頭ない。
時計の針が、八時三十分を指した。



